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音楽評論家、ミュージシャン、DJ、占い師:鳥井賀句の日々徒然のブログ
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5月13日(火)
約27年ぶりに再結成されたONLY ONESの来日公演の最終日を高田馬場「AREA」で観た。ONLY ONESは70年代末期のロンドン・パンクの中では、ヴォーカル&ギターのピーター・ペレットの作る曲や声、歌詞の世界が、シド・バレットやボブ・ディラン、ルー・リード、テレヴィジョン、ジョニー・サンダースらと比較され、どちらかというとニューヨーク・パンクの文学的世界に通じるものがあり、ボクは大好きだった。実際ピーターはジョニー・サンダースとは友達で、彼の『SO ALONE』にも参加しているし、一時期一緒にLIVING DEADというバンドでステージもやっている。ピーターはジョニーに負けず劣らずのジャンキーとして有名で、何度も死亡説や、再起不能説が流れた。彼は昔、自分のヤク代を稼ぐために、ヤクの売人をやっていたことがあり、なんとその常連客はキース・リチャーズだったという。ある日ピーターから渡されたデモ・テープを聴いたキースは、ONLY ONESを気に入り、彼がONLY ONESのアルバムをプロデュースするハナシもあがったが、結局それは実現しなかった。
ONLY ONESはメジャーのエピックから3枚のアルバムを出したが、ピーターのドラッグ中毒がひどく、すぐに81年に解散してしまった。その後96年に一度、ピーターは単独で来日公演を行い、昔の新宿LOFTに観にいったこともある。、
今回の再結成は4人ともオリジナル・メンバーでのもので、やはりドラムのマイク・ケリーは元スプーキー・トゥースというプログレ・バンドの出身だけあり、素晴らしいドラミングを聴かせていたし、ジョン・ペリーもジャンキーで有名だったが、あの独特のメロディックなギターを弾いていた。太って髪がなく、コジャックみたいな風貌だったが。問題のピーターだが、元々美青年のその顔は、大きなサングラスで終始隠されていたが、やはりかなり老けこんだ感じは受けた。中毒者のやつれ果てたようなシワとゲッソリと落ち窪んだ顔にはちょっと引いてしまった。しかしあの震える声は健在で、昔のONLY ONESと大差ない素晴らしいステージをやってくれた。ONLY ONESの魅力は、ピーターの隠花植物のような翳りを帯びた声がポップなメロディと躍動的なリズム隊に乗って演奏されるところだ。曲が最高にいいのだ。f0da1adbjpeg暗いけど暗くなく、ただ能天気に明るくもない、絶妙な倦怠と退廃の香りがたまらない。某誌でインタヴューを申し込んでいたのだが、かなわなかった。ピーターのロンドンの友人はオレの友人なので、そちらから手を回せばインタヴューもできたと思うが、なぜかそこまでする気にはならなかった。親しくなって「ハッパくれ」とか頼まれるのも面倒くさいし。ひっそりとキャパ100くらいの小さなライヴ・ハウスでピーターの健在ぶりと、ONLY ONESの見事な復活を見届けただけで満足できたオレだった。
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無題
いや~、観たかったなぁ。
来てたの知らなかったです。
写真は今回のモノですか?
凄みがあってカッコイイっすね。
LA MOSCA URL 2008/05/29(Thu)21:07:23 編集
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鳥井賀句